ミルニック母乳

海外赴任のニュージーランドで生んだ義理の妹の話。

こんにちは。

 

夫の仕事の関係で、娘をニュージーランドで出産した1児のママ浩子です。

 

わたしのおっぱいがスムーズに母乳を出したのは
娘が生まれてから、約3か月以上過ぎたたころ。

 

実は私のお産はものすごく難産で、破水から始まりました。

 

無痛分娩を希望していた私でしたが、
出産抑制剤を点滴しても、
いつまでたってもまったく子宮腔が開かず
二日半かかって、赤ちゃんは無事病院で、
吸引されて無事生まれました。

 

体力と気力がゼロで、疲労困憊。

 

 

赤ちゃんは幸いに五体満足に生まれて安心しましたが、
喜びには浸れませんでした。

 

それぐらい疲れていました。何も出来ない状態。

 

今だから言えますが、わたしは何も考えられず、
母親という気持ちにもなっていなかった。

 

カンガルーケアと言う
裸で生まれたばかりの赤ちゃんを抱き、肌の感触を赤ちゃんに感じさせるケアが
海外ではよく行われるんですが、

 

母子の時間をしっかりとるという目的で、お互いを肌で感じ取るために
赤ちゃんも裸で胸の上に置かれるんですが、

 

わたしは二人っきりにしてほしくないぐらい、赤ちゃんのことが構えなかった。

 

眠って落としそうで、怖くて...。

 

海外だと、帝王切開以外は、出産後病院を二日後には退院になります。

 

生まれたばかりの赤ちゃんと、2日後、自宅にもどされましたが、

 

体力がなくて、自宅の階段が登れなかったのを覚えています。
顔が出血多量の出産のせいで、常に青白く、病人そのものでした。

 

 

顔が真っ青で最初育児をしていて、助産師が見に来てくれましたが、
血液検査の値が悪いからといって、病院から呼び出しがあり、輸血を勧められました。

 

元気にならなきゃと思う一心で、2時間かけて輸血をしてもらい、
なんとか顔色は正常に戻りました。

 

 

海外赴任中は、一人で誰にも相談せずに母乳はどうやったら出るかも
ネットで探すしか情報がなかったです。

 

赤ちゃんはおなかをすかせて、ミルクでなんとかおなかを満たしましたが、
母乳をあげたいと思っていたわたしは、

 

全然おっぱいは張らず、膨らまず、母乳を生産していなかったんです。

 

自宅に来てくれる訪問看護の助産師さんに
一生懸命おっぱいマッサージをしてもらったが、
なんと、40分マッサージして出たのは30ml。

 

母親が言った一言「こんだけやったら足りひんわ」と

 

いう言葉が胸に刺さりました。

 

産後って、すごくナイーブなんですよネ?

 

涙が出て、悲しくて、母親に悪気はなかったnですが、涙は止まりませんでした。

 

私はだめなんだと自分を責めて、赤ちゃんに申し訳なくて、ダメな母親に思えたんです。

 

 

その2か月半後、

 

でも・・・。

 

わたしの母乳育児を心配した母がこのミルニックをもってきてくれたんです。

 

藁をつかむ思いで、お湯を沸かして、母と試してみました!

 

 

感想は・・・。普通のハーブティ。(笑)

 

冬だったので、母と毎日のように飲むのが習慣になり、二人ともハッピー。

 

(母は60代でも、飲みだして体が温かくなったと言っていました。冷えが治ってきたような気がすると。)

 

私は、母乳の量が毎日少しずつ増え、
なんと、母が帰る10日後にはちゃんと母乳が出るようになっていました。

 

母乳育児は全部で1年頑張りましたが、
最近、二人目が出来たので、ミルニックはいったんおしまい。

 

また8か月後に、再開したいと思います〜。